人獣共通感染症連続講座(山内一也)(第121回 ) 2001.9.1

BSEの原因としてスクレイピーの可能性

 7月末に英国の中央獣医学研究所(Central Veterinary Laboratory) (現在はVeterinary Laboratories Agencyに改称されています)で久しぶ りにレイ・ブラッドレイRay Bradleyとジェラルド・ウエルズGerald Wellsに 会ってきました。ウエルズはBSEを最初に病理学的に確認した病理研 究者です。ブラッドレイは当時、病理部長でウエルズの上司で、現在に いたるまで英国政府とEUでBSEのアドバイザーをつとめています。  いろいろな話題がありましたが、その中からBSEのスクレイピー起源 説はまだ否定できないという、最近の別の調査委員会の報告がありま した。  本講座第110回でご紹介したように、英国政府のBSE調査委員会 (委員長の名前から、フィリップス委員会とします)はBSEの起源がスク レイピーという、これまでの考え方を否定しました。  この問題について、別の調査委員会(委員長の名前から、ホーン委 員会とします)で検討が行われており、7月9日に報告書が発表されま した。その要点をご紹介します。  なお、この内容の要約はVeterinary Record, July 28, 2001 (page 98 -99)にNews and Reportsとして掲載されています。  ホーン委員会の報告書"Review of the origin of BSE"は7月5日に 発表されたものです。委員長はケンブリッジ大学動物学の名誉教授ガ ブリエル・ホーンGabriel Hornです。6名の委員のうち、この分野の専 門家としてはモイラ・ブルースMoira Bruceが加わっています。彼女は 家畜衛生研究所神経病理セクションのチーフです。  BSEの起源の問題は将来の世代にとっても重要という視点で詳しい 検討が行われています。報告書では、フィリップス委員会の論点をパ ラグラフ毎に内容を検討し、見解が述べられています。全部で64ペ ージ(文献、用語解説も含めて)ありますが、そのうち、要約の部分を 取り上げてみます。カッコ内はさらに注釈に相当する部分を報告書の 本文から抜き出してみたものです。  結論としては、スクレイピーの可能性は否定できないということです。 1.BSEが肉骨粉を介して流行を起こした証拠は非常に強く、母ウシ  から子ウシへの伝達、牧草の汚染や動物薬により広がった可能性  は非常に小さい。 2.BSEがイングランド南西部で1970年代から1980年代初めに何  回かのサイクルで広がっていたとするフィリップス委員会の見解は  妥当とみなせる。 3.変異を起こしていない(つまり、野外に存在する)スクレイピー病  原体をBSE病原体とする可能性を除外することはできない。 4.アフリカのウシ科動物(クーズーなど)や食肉類が伝達性海綿状  脳症(TSE)に感染して、それが肉骨粉に混入した可能性は完全に  は否定できないが、実証は不可能。(これはマッセイ大学のロジャ  ー・モリス教授のチームが35種類の仮説を検討し、一番可能性が  高いとみなしている説で、1970年代にアフリカから輸入した一頭の  カモシカの脳が肉骨粉に混入したというものです。このチームの正  式報告が出る前に今年の4月にニュージーランドの新聞に掲載さ  れてしまいました。この説はフィリップス委員会の考えに近いとみな  せます。) 5.種々の環境因子や毒性化学物質(たとえば、有機リン)が異常プ  リオン蛋白産生にかかわった可能性は除外できないが、これらの  因子が病気の感受性に影響を与えた可能性はあったにしても、こ  れまで提唱された見解では流行の始まりや維持を説明できない。 6.肉骨粉は20世紀後半には全世界で使用されていた。それぞれ  の国(オーストラリアとニュージーランド以外)の羊でスクレイピーが  あったと思われるのに、英国でのみ1970年代から1980年代初  めにBSEが発生した謎については、以下のことが考えられる。 1)1970年代から1980年代初めにレンダリング方式の変更が行  われたが、どの方式でもTSE病原体を完全には不活化できない。  しかし、方式の変更で感染価に10倍の差が生じたことは、流行に  影響を及ぼした可能性がある。(デイヴィッド・テイラーの実験では、  有機溶媒抽出により感染価が約10倍低下するとなっています。し  たがって、レンダリング方式の変更で有機溶媒の使用が中止され  たことは、感染価の10倍の上昇につながった可能性があるという  こと、さらに感染成立には限界値があり、古いレンダリング方式で  は限界値以下だったのが、10倍上昇で限界値を超えた可能性も  ありうるという見解を述べています。) 2)1970年から1988年にかけて、飼料会社は肉骨粉を生後1ない  し2週令の子ウシの餌に使用し始めた。その結果、多くの乳牛は  子ウシの時に肉骨粉を与えられた。この方式はヨーロッパ大陸や  米国ではあまり行われていなかった。(オーストラリアではこの方式  を同じ頃に開始しています。しかし、ここはスクレイピー・フリー) 3)肉牛の子ウシはあまり肉骨粉を与えられていない。これらではB  SE発生頻度が乳牛よりも低い。 (これらをまとめると、スクレイピーが地方病として存在していて、かな りの量の肉骨粉が生まれたての子ウシに与えられた国は英国だけと なります) 7.BSE病原体の起源 1)1970?1985の期間、英国でのヒツジの飼育数はEU 内で最大、  ウシは3番目に多かった。したがってヒツジとウシの比率は最大だ  った。 2)英国のヒツジでは、年間5、000?10,000例のスクレイピーが  起きていたと推測される。肉骨粉に含まれるヒツジとウシの死体の  比率が飼育数を反映するのであれば、英国の肉骨粉には比較的  高いレベルのスクレイピー汚染が考えられる。 3)BSEの特徴を示すスクレイピー株は見つかっていないが、調べら  れたヒツジの数はわずか。(スクレイピー株分離の対象になったの  は29頭だけ。しかもランダムサンプルではない。英国で5、000-  10,000例のスクレイピーの数から見るときわめてわずかになり  ます。したがって、BSEの原因になったスクレイピー株が存在してい  て、まだ見つかっていない可能性は十分にあるという訳です) 8.以上を考察すると、1970年代から1980年代にかけて異常な  出来事の連鎖が推測される。すなわち、子ウシの餌に肉骨粉が用  いられるようになったこと。肉骨粉に比較的高いレベルでスクレイ  ピー汚染が起きていたこと。レンダリング方式の変更で肉骨粉中  の感染価が低いものの、臨床的には有意な増加が起きていたこ  と。(これらの複合要因により英国だけにBSEが発生したことは説  明可能という見解です。) 9.子ウシに対して生後最初の12週間肉骨粉の入った餌を与える  ことは、英国では1970年代に始まったが、ヨーロッパ大陸や米国  ではあまり行われなかった。高い感受性を示す時期があるのかど  うかは、実験的に確かめる必要がある。
Topへ戻る
Zoonoses講義一覧へ戻る

Click here to Home Page