人獣共通感染症連続講座(山内一也)(第136回 ) 2002.9.25

BSEに関する3つの話題:BSEの起源、変異型CJDの輸血による伝播、変異型CJDのサル・モデル

 2002年9月15日から18日にかけてエジンバラで開かれた伝達性海綿 状脳症国際シンポジウムに出席してきました。演題が受け付けられた人の みが参加資格を有し、私の場合、演題は出していないため事務局での選考 で参加を許されました。場所はエジンバラ大学のとなりの王立スコットランド 博物館の講堂で、昔のスコットランドの雰囲気を味わいながらの会議になり ました。25カ国280名以上の参加者があり、あまり広くない階段教室の会 場は最終日まで満席でした。  レセプションでは、英国家畜衛生研究所の元所長クリス・ボストック (Chris Bostock)が、エジンバラでは1823年に獣医大学が設立された頃 からスクレイピーの研究が始まり、1921年には家畜衛生研究所・神経病 理ユニットが設立され、さらに1990年にはエジンバラのウエスタン総合病 院にCJD調査委員会が設立されているという背景から分かるように、伝達 性海綿状脳症の研究の中心の場所であるということを強調していました。 (なお、クリス・ボストックは2週間ほど前に定年で所長をやめ、新所長はベ ルギー・リエージュ大学のポール=ピエール・パストレ(Paul-Pierre Pastoret) 教授が就任しました)  スクレイピー研究から生まれた伝達性海綿状脳症の用語になじんできた 英国研究者の多くは、プリオン説を認めながらも、プリオン病の用語はあま り用いません。そこで、このシンポジウムのようなタイトルになったと思われま す。  プリオン説に反対のリチャード・キンバリン(Richard Kimberlin)も元気な姿 を見せていました。彼はハムスターに順化したスクレイピー263K株の開発 でも有名ですが、皮肉なことに、これがプルシナーのプリオン説を産み出す 手段に用いられました。BSEを最初に病理学的に確認したジェラルド・ウエ ルズ(Gerald Wells)、BSEの肉骨粉原因説をいち早く打ち出したジョン・ワイ ルスミス(John Wilesmith)、現在、獣医学研究所(Veterinary Laboratories Agency: VLA)でのウシによるBSEの実験プロジェクトの責任者のダニー・ マシューズ(Danny Matthews)たちも参加していました。  数多くの興味ある発表の中から、BSEのスクレイピー起源説の確認に関 わる実験、輸血の安全性確認のためのヒツジ・モデル、変異型CJDのサル・ モデルの3つの話題をとりあげてみます。 1.スクレイピーのBSE起源説  ジョン・ワイルスミスは、1970年代終わりから80年代初めにスクレイピー が肉骨粉に混入してウシに感染を起こした可能性を提唱しました。これに対 して英国政府のBSE調査委員会(委員長アンドリュー・フィリップス)は、スク レイピー説は誤りであってBSEは1頭のウシのプリオン蛋白遺伝子変異に より生じたとの見解を発表しました。これは関係者にとって衝撃的でした。 すぐ後に設立されたBSE起源に関する委員会(委員長ガブリエル・ホーン) ではフィリップス委員会の報告に逐条的に反論しています。もともと、フィリッ プス委員会は行政対応の検証を目的としたもので、フィリップスは高等判院 の判事です。3名の委員のうち唯一の科学者、ケンブリッジ大学のマルコム・ ファーガソン=スミス教授(胎児の染色体異常の研究者)が英国の医学雑誌 に書いた論説では、BSEがスクレイピー由来ならば人には感染しないと、政 府が主張するのに利用された点が問題になったと述べています。  フィリップス委員会の報告が出る少し前に、獣医学研究所のワイルスミス のグループは、この問題の解明のためにスクレイピーのウシへの実験を始 めていました。BSE 出現当時のスクレイピーをウシに接種してBSEが起こる か調べる実験です。接種に用いた材料は2種類で、ひとつはBSEが見つか る以前の1975年前にスクレイピーと診断された11頭のヒツジの脳をプー ルしたもの、もうひとつはBSE発生後の1990年代にスクレイピーと診断され たヒツジ10頭の脳をプールしたものです。  これらをそれぞれ10頭ずつのウシの脳内に接種して観察を続けています が、これまでのところ、75年以前のサンプルでは、8頭が平均765日 (25.5ヶ月)で死亡し、2頭はまだ生きています。90年代のサンプルでは5 頭が平均792日(21.7ヶ月)で死亡し4頭はまだ生きています。 (1頭、数が足りませんが、理由は分かりません。)  75年以前のサンプルが接種されたウシでは無気力の症状が見られ、脳 には異常プリオン蛋白が広範囲に見いだされましたが、BSEの特徴である 空胞はほとんど見つかりませんでした。異常プリオン蛋白をウエスタン・ブロ ットで解析すると、BSEでは糖鎖が2本ついたバンドが多量にみられるので すが、このサンプルでは糖鎖のついていないバンドが主体であって、分子量 の面でもBSEと若干異なっていました。  90年代のサンプルでは過敏症状が見られ、1頭は攻撃的となり、一見BS Eに似ていました。脳には空胞も見いだされましたが、その分布はBSEの場 合とは異なっていました。また、ウエスタン・ブロットのパターンはBSEではな くスクレイピーに似ていました。  結局、どちらのサンプルでもBSEに似た病気は見られていません。  この研究を行っているスティーブ・ライダー(Steve Ryder)によると、1975 年以前のサンプルは11頭のヒツジのものですが、単一の株らしく、90年代 のサンプルには複数の株が混在している可能性があるとのことです。現在、 エジンバラの家畜衛生研究所には20株のスクレイピー病原体がありますが、 これらはマウスの脳を継代してきているため、野外の病原体とは大分異なっ たものに変わっている可能性があるようです。  また、ダニー・マシューズによると、これ以外に100グラムのスクレイピー ヒツジの脳を食べさせた実験も平行して行っていますが、まだ接種後24ヶ月 かしか経っておらず発病はしていないとのことです。 2.ヒツジのモデルでの輸血による伝播実験  変異型CJDでは孤発性CJDと異なり扁桃、虫垂、脾臓などのリンパ組織 に異常プリオン蛋白が見つかることから、白血球などに病原体が付着して, 輸血によりほかの人に感染を広げる可能性が公衆衛生上の大きな問題に なっています。  これまでに英国家畜衛生研究所(エジンバラ)のモイラ・ブルース(Moira Bruce)は2名の変異型CJD患者の血漿と白血球をマウスの脳内に接種した 結果、感染性が見つからなかったことを発表しています。ロンドン大学イン ペリアル・カレッジのジョン・コリンジ(John Collinge)教授は高感度のウエス タン・ブロットで1名の変異型CJD患者の白血球を調べた結果、やはり異常 プリオン蛋白は見つからなかったことを報告しています。  英国家畜衛生研究所(コンプトン)では、ヒツジのモデルでこの問題に取り 組んでいます。ヒツジを取り上げた理由は、ヒツジにBSEを接種した場合、 変異型CJDのようにいろいろなリンパ組織に異常プリオン蛋白が見つかる こと(ウシではリンパ組織にはまったく見つかりません)、ヒツジからヒツジに 輸血をすれば種の壁はないこと、そして、ヒツジのサイズが人間に匹敵する ことの3つです。  すでに2000年に、BSEの接種を受けて潜伏期中のヒツジの血液を輸血 されたヒツジのうち、1頭が発病したことがランセット誌に発表されました。 まったくの中間成績が論文になることは異例ですが、それだけこの結果が 重要視されたのです。しかし、1頭だけでは信用できないという意見も多く聞 かれました。ところが、さらにもう1頭が発病して計2頭になったこと、また、 スクレイピーに自然感染したヒツジの血液を輸血されたヒツジでも、4頭が 発病したことが発表されました。これは英国のウイルス学雑誌である Journal of General Virologyの11月号に掲載される予定ですが、7月半ば にはインターネットのオンラインで公表されました。BSEの輸血により2頭が 発病したことで、ランセット誌の論文の結果は本物であること、しかもこの第 2例目はBSEを経口で接種して282日目という潜伏期の中間の時期の血液 が輸血されたヒツジでした。さらに、BSEは実験感染ですが、スクレイピーの 方は自然感染であって、それでも輸血で感染が伝播されたことになります。 これらの点が重視されました。このような事前の発表になったものです。  今回、実験のリーダーであるフィオーナ・ヒューストン(Fiona Houston)は、 さらに何頭かが新たに発病したことを発表しました。すなわち、BSEの輸血 では24頭中5頭、スクレイピーの輸血では21頭中7頭が発病し、20〜30 %の伝播率になりました。血液の中には予想以上に高いレベルの病原体が 含まれているとみなしています。  白血球以外の成分からの感染も疑われており、この発表内容は変異型 CJD患者の血液の安全性について、大きな議論を引き起こすものと考えら れます。 3.変異型CJDのサル・モデル  フランスでは1991年にBSEが見つかり、その時点からBSEの研究が始 まりました。とくに、英国では行えないサルへの感染実験が注目されます。 実験は原子力庁研究所のコリンヌ・ラスメザスが中心に行っています。 BSEの脳乳剤が3頭のカニクイザルへ接種された結果では、1頭は36ヶ月 目、ほかの2頭は40ヶ月目に発病しました。脳には変異型CJD患者の場合 と同様の花模様のプラーク(クールー斑)が見つかっています。これは199 6年に発表され、大きな反響を引き起こしました。  一方、変異型CJD患者の脳乳剤の接種も行われ、25ヶ月と30ヶ月でサ ルは発病しています。病変はBSEを接種されたサルの脳乳剤をサルに継 代した場合と同じでした。  ところで、BSEウシの脳乳剤を接種されたサルは変異型CJDに相当する と考えられます。このサルの脳乳剤を別のカニクイザルに脳内接種した結 果では、18ヶ月および20ヶ月で発病しています。静脈内に接種しても25 ヶ月目に発病が見られました。これらは、変異型CJDのヒトからヒトへの 伝達に相当する実験です。  これらのサルでは変異型CJDと同じように、リンパ組織にも異常プリオン 蛋白が見いだされています。これからは、ヒツジでの輸血モデルのような 実験がサルでも試みられるようです。  
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