人獣共通感染症連続講座(山内一也)(第153回) 2004.1.6

アメリカのBSEについての論説「牛が農務省を飛び越えた」

 ニューヨークタイムス(1月2日)にエリック・シュロッサー(Eric Schlosser) の論説が掲載されました。非常に示唆に富んだ内容と思いましたので、仮 訳(一部省略)をしてみました。なお、彼はFast Food Nation(ファーストフ ードの国家)、Reefer Madness(マリファナを吸う人の狂気)の著者だそう です。  過去2週間、ベネマン農務省長官の報道官であるアリサ・ハリソンは BSEがアメリカの消費者へのリスクをもたらすものでないとのメッセージを 流し続けている。これは彼女にとってなじみ深いメッセージである。農務省に 入る前、彼女は全米肉牛協会(National Cattlemen's Beef Association) の広報部長だった。 この肉牛業界の最大のグループで彼女は政府の食品安全対策と戦い、 アメリカのハンバーガーの健康への問題提起を批判した。「BSEはアメリ カの問題ではない」とのプレスレリーズを行った人物である。  酪農業界のロビイストから農務省への人事異動はアメリカの食品安全 システムの悪い面のシンボルである。連邦政府が本来監督する対象の業 界に支配されている例は容易にあげられる。ベネマン長官の主要スタッ フには全米酪農協会のロビイストや元全米養豚協会会長がいる。  農務省は2つのしばしば相反する任務をもっている。すなわち、生産者 のためにアメリカ産肉の販売促進と消費者のためのアメリカ産肉の安全 性保証である。 ベネマン長官は特定危険部位の除去などの安全対策を発表したが、もっ とも重要な安全対策を除外した。それは大規模な検査システムである。 肉牛業界はほぼ20年間にわたって、危険な病原体の検査のいずれに 対しても政府に反対してきたのである。  英国では、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病が見つかるまで、政府は牛 肉の安全を強調してきた。フランス、スペイン、イタリア、ドイツ、日本は 英国の牛肉輸入を禁止しながら自分の国にはBSEリスクはないと主張し てきた。しかし、広範囲のBSE検査が開始されてこの主張が嘘だったこと が明らかになった。2001年、フランス国会議員による調査では、「農務 省はBSE脅威が最小限であると言って予防対策の導入を阻止または遅 らせ、それが農産品の競争力に悪影響を与えたかもしれない」とされた。 日本では農林水産省が「重大な失政」、「政策決定に際して生産者の利 益優先」と批判された。アメリカは現在これらの国々の失敗を学ぶ代わ りに同じ失敗を繰り返そうとしている。  アメリカでは、BSEに対する防火壁として1997年に食品医薬品局(FDA) が実施した肉骨粉の使用禁止があげられている。しかし、この防火壁 は充分ではない。子牛には牛の血液が給餌されており、ノーベル賞受賞 者のスタンレー・プルシナーによれば「まったく馬鹿げた発想」とのこと。さ らに重要な点は、この禁止令がほとんど守られていないことである。 2001年の会計検査院の調査では禁止された肉骨粉を取り扱うアメリカ の飼料会社やレンダリング会社の1/5は牛の餌への混入を防止する システムを持っていなかった。最大の肉牛生産州のひとつ、コロラド州 の飼料製造業者の1/4以上はBSE防止のための肉骨粉禁止の対策 を、実施4年後でも知らなかった。  2002年の会計検査院の追跡調査ではFDAの点検成績には大きな 欠点があり、肉骨粉禁止令の遵守状況を評価するのに用いるべきでは ないと述べられている。事実、英国が肉骨粉禁止を発表して14年後で も、FDAは牛のレンダリングと牛の飼料を製造している会社の完全なリ ストは持っていなかった。  昨年アメリカはカナダから170万頭の生きた牛を輸入しており、アメリ カよりもBSE防止対策が遅れているメキシコからは100万頭の牛を輸 入した。昨年、農務省は屠畜された3500万頭のうち、2万頭を検査し たに過ぎない。 アメリカよりはるかに少ない牛が飼育されているベルギーでは、 約20倍の牛が検査されている。日本は人の食用になる乳牛、 肉牛すべてを検査している。アメリカの牛を検査する代わりに、アメリカ 政府は合衆国にどれくらいBSEの危険性があるかを調べたハーバード・ リスク分析センターの仕事に大きく頼っている。先週、農務省はこのハ ーバードの調査結果をふたたび強調したが、よく見ればこれらの成績 は慰めにはならない。総合的で良く計画された調査ではあるが、これら はどれくらいBSEが広がっただろうかというコンピューター・モデルにも とづいている。どれだけ正確かは、元になった仮定に依存している。 「我々のモデルは正式の確認にはならない」、「それはBSEの侵入とその後 の出来事について対照を設けた実験はないためである」と、ハーバード の報告書は述べている。残念なことに、我々が実際に必要とするのは 「正式の確認」である。そして、それはアメリカの牛について広範囲の検 査をーーとくにファーストフードのハンバーガーの大部分に用いられ、 BSEリスクが高い乳牛にとくに焦点を合わせてーー始めることである。 それに加えて、汚染の疑いのある肉をマーケットから強制的に回収でき る権限を連邦政府に与えることが必要である。現在、肉の回収はすべ て自主的であって、ほとんど効果がない。そしてもっとも重要なことは、 人々の健康を守ることが唯一の任務である独立した食品安全機関の 設立である。農務省にはアメリカの肉の全世界への輸出促進を続けさ せるがよい。しかし、新しい機関には、その肉が安全であることを保証 させる権限を与えなければならない。  たしかに、人の健康へのBSEの脅威は不確実なままである。しかし、 アメリカの牛のBSE検査は1ポンドの牛肉の値段をほんの1ペニー高 くするだけである。それをしなければ、ドルと人の苦しみの両面で、もっ と高価な代償を払うことになるかもしれない。
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