人獣共通感染症連続講座(山内一也)(第160回) 2004.10.1
BSE をめぐる最近の問題
1.各国におけるBSE 対策の経緯
米国でBSE 牛が見いだされたのがきっかけとなり、全頭検査、特定危険部位除
去、サーベイランスの3つのキイワードをめぐって議論が起きている。その背
景には欧州連合(EU)、スイス、米国、日本でのBSE 対策に異なる側面があるた
めである。各国での対策の経緯を比較し、問題点を考えてみたい。
(今回は図表つきですのでダウンロードしてご覧下さい:なお、コンピューターに
よってはファイルがクリックのみでは開かない場合があります。その場合は、
先にAcrobatソフトを開いて後、ファイル、オープンにて、すべてのファイルを
指定して、ダウンロードしたファイルを呼び込んでください)
1.1.英国
1986年にBSE の発生が確認され、1988年には疫学的知見から肉骨粉
による伝播が疑われ、反芻動物への肉骨粉の使用が禁止された。これはウシの
間での伝播防止対策であって、ヒトへの感染防止対策はそれより1年半遅れて
1989年に6ヶ月令以上のウシについて特定臓器(脳、脊髄、胸腺、扁桃、
腸)の食用禁止が行われた。これはスクレイピーでの知見に基づいていた。な
お、ウシへのBSE の感染実験の結果、接種6ヶ月目に回腸遠位部で感染性が見
いだされたことから、腸については全年齢に拡大されている。
一方、1996年に変異型CJD が見いだされた際に30ヶ月令以上のウシの
食用禁止(Over thirty months: OTM)が実施され現在にいたっている。
すなわち、特定危険部位の除去とOTM がヒトへの安全対策となっている。な
お、BSE 発生が激減してきた現在、屠畜場での迅速BSE 検査を導入して陰性のも
のは食用に回すことが検討されている。
1.2 スイス
英国の次ぎに1989年にアイルランドでBSE 発生が確認された翌年199
0年にスイスでBSE 発生が確認された。これを受けて同年に12ヶ月令以上の
ウシについて特定危険部位の除去が実施された。一方でサーベイランスが始め
られた。これはBSE が疑われたウシについての病理組織学的検査による監視で
あって、受け身サーベイランスである。
1999年には後述するEU が有効性を確認した迅速BSE 検査を導入し、能動
的サーベイランスが始められた。その結果、見いだされたBSE 牛の数は倍増し
た。
スイスはEU に加盟していないためEU とは異なる独自の対策を実施してきて
いる。すなわち、BSE 汚染の実態の把握とまん延防止対策の検証としてのサーベ
イランスと、ヒトへの感染防止のための特定危険部位の除去である。
1.3 EU
EU では1994年に肉骨粉の使用禁止措置を行った。これはウシの間でのBSE
まん延防止対策である。一方、特定危険部位の除去も決定したが、ドイツは自
国にBSE は存在しないとして拒否権を使って、その実施に反対した。
その後のBSE 対策は、1997年に消費者の健康と食品の安全性保護を目的
に設置された科学運営委員会(Scientific Steering Committee: SSC)でのリ
スク評価にもとづいて実施されてきている。SSC は2003年4月に開かれた最
終委員会で解散したが、その間に協力した専門家は25カ国より200名以上、
採用した意見は約270,法律の提案は30という精力的な活動を行ってきた。
日本におけるリスク評価のほとんどは、このSSC の報告を参考にして行われて
いる。なお、SSC の役割は現在では欧州食品安全庁(European Food Safety
Authority)に引き継がれている。
SSC は1997年に特定危険部位のリストに関する意見、1999年には食品
を介したBSE のヒトへの曝露リスクについて意見を発表した。そこでの結論は、
消費者の健康保護の理想的レベルは感染したウシを食物連鎖から排除すること、
それが合理的に実現できない場合の第2のレベルは特定危険部位の除去と述べ
られている。
特定危険部位の除去については、2000年にドイツ、スペインなどでBSE
が見いだされて初めてEU 全体としての特定危険部位の除去が2000年10月
に実施された。
一方、EU ではモニタリングのために開発されてきた迅速BSE 検査の評価を中
立的機関に依頼して行った。これは、表1に示したように、300頭のBSE 牛、
1000頭の健康牛(BSE、スクレイピーの存在しないニュージーランド産ウシ)
のサンプルについて感度、特異性を調べたもので、1999年に3つの検査キ
ットが実用可能であると判断された。なお、2003年にさらに2つの検査キ
ットの実用性が確認されている。
2001年1月からEU は感染したウシをできるだけ市場に出さないことを確
保するための緊急対策として、屠畜場で30ヶ月令以上のウシについての迅速
BSE 検査を開始した。30ヶ月令以上にした理由としては、英国でのBSE 例の9
9%以上が30ヶ月令を越えていたことがあげられている。
このようにして、屠畜場でのBSE 検査と特定危険部位の除去を主体とした安
全対策が実施されることになったのである。
1.4 日本
2001年9月10日にBSE ウシが見いだされた。厚生労働省はヒトへの安
全対策として9月19日、30ヶ月令以上のウシについて迅速BSE 検査による
スクリーニング検査の実施を決定した。この際に採用したのはEU の試験でもっ
とも高い検出感度を示したバイオラッド社のELISA である。
9月27日には12ヶ月令以上のウシについての特定危険部位(回腸遠位部
は全年齢)の除去が指導された。これらの対策は前述のEU の対策に準じたもの
であった。
しかし、政治的判断で10月9日にスクリーニング検査の対象は全年齢に拡
大された。10月17日には特定危険部位の除去も全年齢に拡大された。そし
て、10月18日から屠畜場に持ち込まれるすべてのウシを対象として特定危
険部位の除去と迅速BSE 検査(いわゆる全頭検査)が実施されてきた。
スクリーニング検査は感染したウシを市場に出さないようにするためのもの
である。しかし、現在の検査キットでBSE 感染が検出できるのは潜伏期の後期
以後と考えられる。それ以前の感染ウシからのリスクは特定危険部位の除去で
軽減している。
この2重の安全対策は前述のEU 方式に準じたものであるが、日本ではすべて
の年齢を対象とした点が異なる。
一方、サーベイランスの方は死亡牛検査体制を整備するのに時間がかかり、
2003年4月から一部で開始され、すべての地域での検査体制が整ったのは
2004年4月である。
1.5 米国
米国では、1990年に屠畜前検査でBSE が疑われるウシについてのサーベ
イランスを開始した。1993年には歩行不能な、いわゆるダウナー牛を標的
に追加し、1994年からは免疫組織化学検査を導入した。サーベイランスの
実施数は、OIE が米国の飼育数に応じて必要とみなす433頭を上回っており、
とくに2002,2003年にはそれぞれ2万頭に達している。
一方でハーバード大学リスク分析センターの報告書が2001年に発表され、
さらに2003年春にカナダでの発生を受けてカナダからの侵入リスクも加え
た第2回報告書が発表された。そのいずれでも仮にBSE ウシが出ても1997
年に実施した肉骨粉の使用禁止により2020年までには排除されるとしてい
る。
サーベイランスとリスク評価の結果にもとづいて、米国にBSE のリスクは低
いとして、屠畜場でのBSE 検査や特定危険部位の除去は行っていなかった。
サーベイランスはBSE を疑わせる症状が見られた牛について検査することによ
り、その国でのBSE 汚染の状況や防止対策の有効性を確認するためのものであ
る。
最初の頃はBSE が疑われる牛の脳について病理組織学的検査で調べていたが、
1994年からは脳の中の異常プリオン蛋白を検出する免疫組織化学検査法を
導入した。
ところで、サーベイランスはその国でのBSE 牛の存在の状況を調べ、BSE まん
延防止対策の効果を確認するためのものである。食肉の安全確保の面からは間
接的な対策とみなせる。
OIE は前述のように、米国の場合にはBSE が疑われる症状を示した牛の年間検
査頭数を433頭とした。この数字は、これだけ調べれば、その国におけるBSE
牛の数は100万頭中1頭以下ということを示すものであって、ゼロを意味す
るものではない。仮に米国での牛の飼育頭数を1億頭と仮定すると、433頭
を米国が調べて1頭もBSE が見つからないという結果は、BSE 牛が100頭以下
ということになる。
表2にはEU における2002年と2003年のBSE 検査結果をまとめた。
この検査成績をもとにしたものと思われるが、今年の5月のOIE 総会には、BSE
が疑われる牛1頭は、BSE の症状を示さない病気の牛100頭、健康な牛5、0
00−10、000頭に相当するとみなす方針が提案されたが、これは否決され、
抜本的な見直しが行われることになった。
米国での調査対象はダウナー牛となっているが、この中にBSE が疑われる症
状の牛が何頭含まれていたのか、米国は明らかにしていない。したがって、米
国のサーベイランスで調べられた牛が2万頭という数だけからは汚染実態の推
定はできない。
一方、米国農務省は1998年にハーバード大学リスク分析センターにリス
ク評価を依頼し、その結果が2001年に発表された。膨大な内容であるが、
要点は仮に英国からBSE 牛が10頭米国に持ち込まれても、1997年に実施
された肉骨粉の牛への給餌禁止措置により、いずれ消失するという内容である。
2003年5月にカナダでBSE が見いだされたことで、カナダからのBSE 侵
入リスクも加えたリスク評価の報告が2003年10月に発表された。ここで
は、カナダから5頭のBSE 牛が持ち込まれたと仮定した場合、最悪のシナリオ
では600頭のBSE 感染牛が出るが、2020年までにはいなくなると述べて
いる。
日本では農林水産省のBSE の感染源・感染経路に関する疫学調査チームの報
告書が2003年9月に発表された。その中で1990年頃に英国から輸入し
た33頭の牛の中にBSE に感染した牛が含まれていて、それが肉骨粉としてリ
サイクルされ、それに交差汚染された配合飼料が感染源になった可能性がある
と推測している。米国では同じ頃、英国から334頭、アイルランドから16
2頭、スイスから103頭を輸入しており、侵入リスクは日本の10倍以上あ
ったとみなせる。そして、1997年に肉骨粉の牛への使用禁止を実施するま
で、まん延防止対策はとられていない。それまでに肉骨粉を介してBSE が広が
った可能性は否定できない。
英国ではBSE ウシの脳の経口接種での最小感染量を調べる実験が2回行われ
た。表3に示した中間成績では、0.001 g の脳でも感染の成立することが明らか
にされた。ハーバード大学のリスク評価では交差汚染の認識がかなりあまいと
考えられる。
2. 米国におけるBSE 汚染の実態
前述のとおり米国ではサーベイランスの結果とハーバード大学リスク評価に
もとづいて、米国ではBSE はほとんど存在しないと主張している。これに対し
て日本および国際調査委員会では汚染実態は不明であるとしている。
ところで、米国のサーベイランスの標的にダウナー(起立不能ウシ)が加え
られたのは前述のとおり1993であって、これは1991年に伝達性ミンク
脳症(TME)がダウナーを餌として与えられたというMarsh(1)の報告がきっか
けであった。それまで、TME はスクレイピー感染ヒツジに由来すると考えられて
いたのが、もしもウシからの感染となると米国のウシにもBSE に類似の病原体
が存在するという議論が起きてきた。これがダウナーを標的に追加した理由と
考えられる。
米国の主張の根拠は、サーベイランスがOIE の基準を40倍以上も上回って
いるにもかかわらず、BSE がみいだされないという点である。しかし、OIE の基
準ではBSE の疑いのあるウシの頭数が問題であるが、米国でのサーベイランス
の標的はダウナーになっている。この標的の内容の食い違いについて、日米BSE
作業部会の最終日に初めて標的の具体的内訳が示された。米国農務省のホーム
ページに掲載されていた図に、今回米国から提出されたOIE の基準に該当する
ウシについてのサーベイランス実績を図1で対比させてみた。この図から明ら
かなように、OIE 基準のBSE が疑われるウシ433頭を上回る検査が行われるよ
うになったのは1996年以来である。なお1997年に数が多いのは検査年
度不明のサンプルがまとめて報告されたためであるとのことであった。そして、
これまでOIE 基準をはるかに上回っているとの主張は間違っていたことが米国
政府の担当者の口から明言された。ハーバード大学リスク評価でもサーベイラ
ンスの成績が参考になっている。したがって、米国での実態はこれから始まる
強化サーベイランスの結果を待たなければならない。
3.屠畜・解体時における中枢神経系(CNS)組織の食肉への混入
特定危険部位(SRM)の除去を確実に行うためには、屠畜、解体の際にCNS 組
織が食肉に混入することを防止しなければならない。しかし、この面では解決
しなければならない問題が残っている。その点についての現状を整理してみる。
屠畜・解体の手順はスタンニング(気絶法)、ピッシング(脊髄破壊法)、放
血、背割りと続く。スタンニングとピッシングではCNS 組織の破片が血液中に
塞栓として見つかることがあり、これが筋肉中に入り込む可能性が指摘されて
いる。スタンニングの方法は空気注入法、スタンガンによる方法、電気麻酔、
コッシャー法(ユダヤ教の儀式)、ハラール法(イスラム教の儀式)に大別され
る。
欧州委員会(EC)のTSE/BSE 特別委員会のスタンニングに関するリスク評価
報告(2)は、CNS 塞栓の出現の面で比較した結果から、空気注入法、スタンガン
とピッシングの併用、スタンガンの順にリスクが高いと判断している。一方、
電気麻酔、コッシャー法およびハラール法はほとんどリスクがないとみなされ
ている。
電気麻酔はヒツジで行われていた方式をウシに応用したものであるが、実用
面でまだ問題が残っている。コッシャー法とハラール法は頸動脈からの放血に
よるもので、人道的でないため現実には採用できない。
このリスク評価でとくに参考にされたのは、アイルランドで行われた実験成
績である。そこでは頚静脈血液についてマーカーとして神経組織特有の蛋白で
あるsyntaxin 1-B とannexin V のレベルを調べた結果、空気注入法の場合15
頭中4頭、スタンガンにピッシングを併用した場合16頭中1頭にマーカー蛋
白レベルの上昇が見いだされ、スタンガンのみでは15頭いずれにも上昇は認
められなかった(3)。この報告が発表された翌2000年にEU 科学運営委員会
はピッシングの使用を禁止した。
日本ではスタンガンとピッシングの併用が行われている。ピッシングの中止
は厚生労働省から勧告されているが、作業員の安全確保のために大部分の屠畜
場で続けられている。米国では空気注入法が一部で用いられていたが、BSE 発生
を受けて国際調査委員会からの勧告により中止された。この場合、空気が脊髄
腔にまで達するので空気によるピッシングの効果もあると考えられる。ピッシ
ングは米国では古くから禁止されているが、これはBSE 対策ではなく、人道的
屠畜法にもとづくものである。
2004年には、マーカー蛋白よりも高い精度を示すマーカー細菌として
Pseudomonas fluorescensを用いてスタンガンによるCNS 組織の広がりを
検討した結果が報告された(4)。これは、スタンガンで気絶させた後5秒以内
にスタンガンの傷口から細菌を注入し直ちに放血を行い、通常の解体作業後
に細菌の分布を調べたところ、食肉の大部分を占める前躯の部分に広く
細菌が検出されたという内容である。この結果はSRM 除去の前にすでに
食肉にCNS 組織の混入が起こる可能性を示したものである。このような混入
リスクは、全頭検査で陽性と判定されたウシを廃棄して食用に回さない
対策により低減することができる。
背割りに関しては脊髄の破片が食肉に付着する可能性が問題になり、日本で
は背割り前に脊髄を除去することが義務づけられた。その結果、これまでに吸
引による方式が普及してきた。しかし、まだすべての屠畜場には行き渡ってい
ない。
4.全頭検査見直しの議論
米国でBSE ウシが見いだされたことがきっかけとなって全頭検査の見直しを
要求する意見が出されているが、BSE リスクとそれに対する安全対策についての
認識が不十分なために議論が混乱しているようにみえる。そこで、論点を整理
してみる。
まず、全頭検査ではBSE 感染牛のすべてを検出することはできないという議
論である。これはBSE に限らず感染症のいずれにもあてはまることで、一定の
潜伏期以後でなければ感染した動物を検出することはできない。
1例として輸血用の血液を考えてみると、ここではウインドウ・ピリオドと
呼ばれる時期の血液が問題になっている。表4に示したように、C 型肝炎ウイル
スやB 型肝炎ウイルスは、これまでの抗体検出法では感染後約2ヶ月間はウイ
ルスが検出レベル以下のウインドウ・ピリオドとなり、この時期の血液の輸血
による感染が問題になっている。PCR によるウイルス核酸増幅法の導入でウイン
ドウ・ピリオドは約半分に短縮されているが、それでも約1ヶ月は感染した人
の検出はできない(5)。
BSE の場合も同様である。ただしBSE 対策では異常プリオン蛋白が検出レベル
以下の潜伏期には、SRM の除去により感染リスクの低減をはかっている。
全月齢を対象とした全頭検査の経緯は、衆知のように2001年9月にBSE
ウシが見いだされた当初、厚生労働省はEU にみならって30 ヶ月齢以上のウシ
すべてについてのスクリーニング検査の実施を決めたが、消費者の不安の声を
受けて政治的判断で決定されたものである。30ヶ月齢以下のウシまでを検査
対象とした点に科学的根拠が乏しかったことは事実であるが、現在になって振
り返ってみると、トレーサビリティのできていなかった時期に月齢を決める際
の社会混乱をさけることができて食肉に対する消費者の信頼回復につながり、
さらに21ヶ月齢と23ヶ月齢という若いウシでのBSE、とくに後者では非定型
的BSE と考えられる知見が得られるなど、科学的に重要な知見も得られてきた。
結果的には正しい判断であったと評価できる。
検査月齢に関しては、以下のように断片的事実しか得られていない。英国で
見いだされたもっとも若いBSE ウシは20ヶ月齢の発症例である。この例につ
いて前述のEC 報告では次のような議論を行っている。英国での経口感染による
発病機構の研究では、脳で感染性が見いだされたのは接種32ヶ月後であって、
発症はその3ヶ月後の35ヶ月目に見いだされた。したがって20ヶ月齢での
発症例ではすくなくとも17ヶ月齢には現在のBSE 検査で陽性になるという推
論である。さらに、潜伏期の2/3 の時期にはスクリーニング検査陽性になりう
るとの見解にしたがった最悪のシナリオでは、20ヶ月の2/3 の時期、すなわ
ち13ヶ月齢でBSE 検査陽性となる可能性も指摘されている(2)。
日本で見いだされたもっとも若いBSE 例は21ヶ月であり、ほかに23ヶ月
齢の非定型BSE 例がある。(注:2004年10月までに日本のほかに、イタリ
ア、フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、ポーランドと全部で7カ国
に非定型BSE が見いだされています。そのうち、ベルギー例は日本例に類似、
オランダ例はフランス例に類似、デンマークとポーランドの例はイタリア例に
類似と報告されています。)また、日本と同様の迅速BSE 検査キットでの試験で
はドイツで28ヶ月齢と29ヶ月齢の緊急屠畜牛で陽性例が見いだされている。
一方、EU が実施している30ヶ月齢が国際基準であるかのように受け止めら
れている。この月齢が最初に決められたのは1996年に英国が実施した30
ヶ月齢以上のウシの食用禁止令(Over thirty month scheme)である。これは、
1996年に変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)が見いだされたため
に人の健康保護対策として実施されたものである。1996年5月に厚生省か
ら私は品川森一教授とともに調査のために英国に派遣されたが、海綿状脳症諮
問委員会を訪問した際に30ヶ月齢が決定された理由について、当時、BSE 発症
例のほとんどは3歳以上のウシであったために実際には3歳齢で良かったので
あるが30ヶ月齢で永久歯が生えてくるため、この月齢が年齢確認に適してい
ると判断されたとの説明を受けた。(注:英国のBSE 専門家Ray Bradley 氏が1
0月19日に東京で講演された際、30カ月に定めたのは政治的判断であって、
科学者がもしも提案すればもっときびしい内容になったはずとのことを述べて
おられました。)
EU が2001年に30ヶ月齢以上のウシ全頭についてのBSE 検査を決定した
際には、30ヶ月齢以下のウシでのBSE は0.1%以下ということが理由としてあ
げられている。この判断の背景には英国のOTM がある。そして、EU での実績か
ら、これが国際基準であるかのような見解が生まれている。
現在の議論では、このような限られた科学的事実にもとづいて、検出可能と
考えられる最低月齢を決めるのか、EU にみならって検出頻度の低い月齢はSRM
除去のみとするか、その選択が問われているものとみなせる。
一方、別の視点から全頭検査の見直しが問題として浮上した理由を考えてみ
ると、それは消費者の健康保護ではなく貿易摩擦の解消もしくは経費節減の2
つであろう。この視点での議論は科学とは別の領域のものであり、消費者や生
産者の意向を反映させて進めるべきものである。
5.輸血によるvCJD 伝播の可能性
BSE のリスクはヒトへの感染によるvCJD の発症のみではない。一旦、ヒトに
感染したBSE プリオンはもはやヒトの異常プリオン蛋白と考えられ、種の壁の
ないヒトの間で容易に伝播される可能性がある。とくにvCJD ではBSE ウシの場
合と異なり、扁桃、虫垂、脾臓などのリンパ組織で異常プリオン蛋白が検出さ
れる。1998年には、vCJD 発病の6ヶ月前にたまたま摘出されていた虫垂に
異常プリオン蛋白が見いだされた(6)。このことから潜伏期中に血液を介してほ
かのヒトに輸血などでvCJD を伝播する可能性が問題になった。それまで英国で
は安全対策として血液製剤の原料はBSE の発生していない米国から輸入してい
た。この事実が明らかになった際に、追加的安全対策として輸血用の血液につ
いて白血球を除去する方式が採用された。
しかし最近、スクレイピー感染ハムスターの血液を用いて白血球除去の効率
を調べたところ、52%の感染性は除去されなかったことから、大部分の感染
性は血漿中に存在することが推測されている。その結果、白血球除去は必要な
手段ではあるが、これのみでは輸血による感染リスクを除くには不十分と指摘
されている(7)。
一方、英国では保存されていた虫垂について異常プリオン蛋白の検査を実施
してきている。2004年5月にその中間報告として、12、674個中3個
の虫垂に異常プリオン蛋白が検出され、この結果は100万人中236人に相
当し、英国には推定3800名の潜伏期中の感染者が存在する可能性が報告さ
れた(8)。この結果を受けて英国政府は追加的措置として、1980年以後に
輸血を受けた人が献血することを禁止した。なお、この成績は免疫組織化学検
査によるものであったが、さらに高感度であるウエスタン・ブロットによる検
査が、凍結保存されている1万個の虫垂について計画されている。
現実に輸血による感染が疑われるvCJD として、最近2例が見いだされた。第
1例は1997年に輸血を受け6年後の2003年にvCJD で死亡した人である。
この輸血に用いられた血液のドナーは1999にvCJD を発病して死亡していた。
すなわち、発病2年前の潜伏期中の血液からの感染が疑われたのである(9)。
第2例は、vCJD ではなくて動脈瘤破裂で2004年に死亡した人の脾臓で異常
プリオン蛋白が見いだされたものである(10)。この人は1999年に輸血を受
けており、その際に用いられた血液は変異型CJD 発病3年前のものであった。
しかも、この人のプリオン遺伝子のコドン129は、それまでのvCJD 例がすべ
てメチオニン・メチオニンであったのに対して、メチオニン・バリンであった。
これまでのvCJD 発生予測はメチオニン・ホモの人にのみvCJD の発症が起こる
との前提で、しかも潜伏期中の感染者は考慮されていなかった。英国ではヘテ
ロの遺伝子型の人がホモの人をはるかに上回っているため、この第2例の成績
からこれまでのvCJD 発生予測に疑問が投げかけられている。
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