人獣共通感染症連続講座(山内一也)(第170回) 2006.10.2
地球村で共存するウイルスと人類
上記の本を出版しましたので(NHK出版)、目次、まえがき、あとがきを紹介
させていただきます。
「目次」
1章 ウイルス・30億年の歴史
2章 ウイルスにより起こるさまざまな病気
3章 プリオン病をめぐるサイエンス・ドラマ
4章 ウイルスの正体を求めて
5章 ウイルスの生き残り戦略
6章 ウイルス感染症との戦い
7章 新たなるウイルスの出現・マールブルグウイルスの衝撃
8章 感染症の根絶は幻想
9章 地球村で広がるエマージングウイルス
10章 ウイルス感染症にどう対応するか
11章 ウイルスを利用した病気の治療
12章 ウイルスとともに生きる
「はじめに」
私がウイルス研究の世界に入ったのは今から約五十年前です。以来、さま
ざまなウイルスと出会ってきました。北里研究所(北研)での天然痘ワクチン
のウイルス、ニワトリの天然痘に相当する鶏痘ウイルスの研究に始まり、カリ
フォルニア大学ではブタのポリオウイルスが研究テーマになりました。国立
予防衛生研究所(予研、現・国立感染症研究所)に移ってからは麻疹ウイル
スと、その近縁のウイルスである牛疫ウイルスの研究を始め、それが東京大
学医科学研究所(医科研)で麻疹ウイルスが原因で起こるスローウイルス感
染である、SSPE(亜急性硬化性全脳炎)の発病メカニズムの研究につながり
ました。一方では遺伝子工学を応用した組み換え牛疫ワクチンの開発となり
ました。
これらの研究では、危険なウイルスとの出会いもありました。北研時代には、
予研での天然痘ウイルスの実験を手伝い、予研時代には、米国疾病制圧予
防センター(CDC)のバイオセーフティレベル4実験室(P4実験室)でマールブ
ルグウイルスの実験も見学させてもらいました。医科研時代には、家畜伝染
病の中でもっとも危険な牛疫ウイルスのウシへの感染実験を、インド国立獣
医学研究所のヒマラヤ山麓の隔離施設と英国動物衛生研究所でおこない、
100パーセントの致死率を示すウイルスの毒性を目の当たりに見ることがで
きました。そして、これらのウイルスとの出会いは、世界中の多くの研究者と
の出会いにつながりました。ウイルスはまさに、私の半世紀にわたる研究人
生のパートナーになりました。
ところで、20世紀の終わりごろから、危険なウイルス感染症の出現が社会
に大きな衝撃を与えています。その代表的なものには、1999年、米国ニュ
ーヨークで突然、発生した西ナイル熱、21世紀最初に発生したSARS(重症
急性呼吸器症候群)、そして現在問題になっている鳥インフルエンザなどが
あります。
これらのウイルスの問題は、一般の人々のウイルス感染への関心を高め
ると同時に、恐怖のウイルス、殺人ウイルスというように、ウイルスの恐ろし
い面を印象づけてきました。
しかし、ウイルスは30億年前から地球上に存在してきた生命体です。一方、
我々人類(ホモ・サピエンス)が地球上に現れたのは、わずか20万年前です。
人類は出現して以来ウイルスとともに生きてきたのです。それに対して、ウイ
ルスの存在を初めて確認してウイルス学が始まったのは、ほんの百年前に
すぎません。いまだ、ウイルスには我々が知らない多くの側面があります。
本書では、これまでのように人間中心の視点だけではなく、ウイルス中心の
視点に立って、地球上にもっとも古くから存在している生命体のウイルスと
はどのようなものか、考えてみたいと思います。
「おわりに」
私は1992年に東大医科学研究所を定年退官して、研究現場から離れま
した。そして1995年、研究仲間から勧められてインターネットによる人獣共
通感染症講座(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/)を始めました。エボラ出血熱な
ど、野生動物からの危険なウイルス感染症が話題になりはじめていた時期
でした。翌年には世界的BSEパニックが起きて、人獣共通感染症への関心
は高まっていきました。
この講座を始めてから、ウイルスには素人の人たちと、ウイルスについて
意見を交換する機会が生まれてきました。その対話を通じて、私がそれまで
眺めてきたウイルスの世界は、じつは、病気の原因としてのウイルスという、
限られた側面だけだったということに気がつきました。
そこで尋ねられた質問に、細菌に善玉と悪玉があるように、善玉のウイル
スはいないのか、というものがあります。それまで、病気の原因としてのウイ
ルスの研究に取り組んでいた私には、善玉ウイルスの存在は考えてもみな
かったことです。これがきっかけで、ウイルスはどのような存在かということ
を考え始めたのです。
西ナイル熱、SARS、鳥インフルエンザのような、キラーウイルスと呼ばれ
る悪玉ウイルスの側面は、人間がつくりだした現代社会でのみ起きているも
のです。ウイルスの自然宿主では、ウイルスは共存をはかっています。
そこで本書で、この数年間に漠然と理解しはじめてきたウイルスの存在意
義を整理してみようと思ったのです。ウイルスの潜在能力という視点にたっ
てみると、まだ仮説の域を出ていない面が多くありますが、ウイルスには生
物の進化の原動力になってきた可能性、妊娠中の胎児を守っている可能
性、さらには、ウイルスの生態が地球環境に影響を及ぼしている可能性な
どが浮かんできました。
本書が、地球上にもっとも古くから存在する生命体のウイルスと、もっとも
新参の哺乳類である人類との関係を見つめ直すきっかけになれば幸いです。
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